難関を目の前にして

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まだ詰めの甘いところが散見されるが、(リアルタイム動作を念頭にした)ジオメトリとしてはそれなりの完成度に近づいている、と自覚できるようになった。
問題はテクスチャーである。
ひさしぶりに 3D.sk に登録して、既存の顔面テクスチャーなどをダウンロードして研究してみた。あるいは同業者の作例のなかでそれなりのものを見繕っては、髭狸と眼鏡猿を相手にディスカッションしてみた。

 


ダメだ、と思ったものは最早例示しない。
ただ、これはなかなか、と評されたものを以下に挙げる。

www.zbrushcentral.com

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成る程な、という見せ方である。

「我が娘」にもそれなりの見せ方を与えてやりたい。

 

 

ただ、此処で大事なことをひとつ。

結局、このように「ハイパー・リアリズム」めいた表現を追究していっても、それが視覚表現において何を意味してどんな意義があるのか、という根源的問いに直面する。
だからといって NPR にすればいいのか?という話でもないのだが、(3D) CG がヴィジュアル表現として、どんな認識哲学を展開すべきか、明確な意図をもってディレクションするような制作を重ねていかないと、たんなる表層の児戯に等しくなってしまう。

 


ほんとうにいろんなポテンシャルの萌芽を感じさせるが、同時に、極端に審美眼の問われる難しい時代になりつつあるとも痛感する。