『創始者が語る オープンダイアローグ』聴講記

本郷はひさしぶりだ。

「患者」として「創始者たち」の講演を聴きに出かけてきた。

率直にいって、いささか散漫な印象を感じさせるものがあったが、それは先述したとおり、事前に入門書に目を通していたせいかも知れない。あと、フィンランド語がインド・ヨーロッパ語族ではなく、まったくチンプンカンプンなので、通訳者が通訳するまでかなりのクッションが置かれてしまうのであった。

 

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それでも勉強になるものはあった。

特に後半の当事者・家族・治療者を代表した『リフレクティング』の実演が。

ただ、こうした実演もふくめて『ダイアローグ』の様子を第 3 者的に眺めていると、「ああ、これ、ふつうに対話だよな」と思わせた。とどのつまり、ソクラテスの『産婆術』を当然のごとく想起するのであった。あるいは入門書を読んでいて名前が出てくるのだが、バフチーンやボームを。わたしはクリシュナムルティーとボームの対談集をいくらか読んできただけに、特に K や B の「対話術」を想起するのであった。

 

講演をとおしてお話を伺って、会場の微温的な暑さに辟易としながら、いくつかの考えが脳裡をよぎった。

 

先ず、自分の批評眼が気になった。まだまだ我が強くて批判的な視点で観察してしまうし、その背後に自らの境遇にたいするルサンチマンが隠れているのは明白だった。

 

それと、これは社会的寸断の物語だとも思った。

チョムスキー翁いうところの atomization が進行している現代社会、特に日本のような前近代的社会であるからこそ直面している、様々な「孤立化」「個別化」といった風潮があきらかに『危機』を将来しつつあり、そのカウンター・ムーヴメントとしての、それに対するシステム論的な『自己再組織化』、つまり『社会的包摂』が市民社会レヴェルで求められている、と強く感じた。だからこそ、救済としての【対話】が再度重要視されるようになったのだと。『再統合』のために。

 

わたしは Schizo の患者であるが、かろうじて社会的生活を営めている。
それには、いくつか帰属している社会集団のネットワークが支えてくれている部分が多い。ただ、早期の段階に有効な治療を求めるのを阻害してきたのも、おなじ彼らなのであった。まあ、自分なりに邪推している「理由」はあるから、彼らがそのような対応を強いられたことに同情もする。

 

 

結局、人生とはただでさえ理不尽なものである。

ときに不条理なことまで発生する。

わたしは声を塞がれた。

塞がれたからこそ、《別の声》が発現してしまった。

多分、日本社会で不遇をかこちつづけるほどに治療的救済はない。

すでにかなりの失望とともにあきらめを付けようとしている。

おそらく、此の国は衰退するであろう。

生き残れる者たちは海外へと落ちのびて、あたらしい【日本】を生きればよい。

 

セイックラ氏は「友を探せ」「あしたからあたらしい行動を」と最後に促した。

夜が明ければ、月例の通院日である。

さて、掛かりつけ医とどんな対話をしようか………たぶん、わたしは「変わらぬ日常」を抑うつ的に生き続ける。

 

 

『無門関』に「百尺竿頭」の公案がある。

あれの解釈を小林秀雄だったかが見事に失敗しているのを見掛けた。

「百尺竿頭に一歩を進む」とどうなるか?

空を踏んで、さらに一歩を進めるというのか?

 

「そこに竿は既にない」。

飛び降りることになるのだ。

ひとたびは悟ろうとも、元の木阿弥、凡夫としての生に戻る。

それで百点満点である。

これを十全と呼ぶ。

大宇宙本来の生き方は、生老病死そのものである。

そこから逃れようとすることが、ほんとうの《苦》である。

目一杯、精一杯、暗闘する。

その暗闘に《成り切る》。

そこに本質的な救済がある。

 

あらためて自覚した。

 

オープンダイアローグとは何か

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オープンダイアローグ

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